私は昭和18年開設間もない2期生工業化学科であったから加藤鈴雄先生の分析化学の時間が特に記憶に残っている。老先生の講義第1番は自然科学の分類で始まり分析定義に終わった。……第2番が原子記号で夢中に暗記したものである。先生は美しい字で書かれ、低音のかみしめるような講義は厳粛そのもので、原子や分子の結合や物質の化学変化等はこの老先生にかりれば自由自在であり、万物を創造する神様にも見えた。 (中略)クラブ活動で特殊であったのは光武量先生の主催する研究会であった。海水の濃縮による食塩電解や油脂の精製等が細々と始められたが、薬品や器具の購入も出来ないので戦時にあったヒマシ油を使って当時長髪族が多くいたためポマ−ド作り35円くらいで売ってコンロやビ−カ−の購入を試みたりした。山田仁穂先生が非常な熱心さでこれ等指導して居られた。染料、香料、パラフィン名等は鳥栖まで出かけて探し回ったのである。次で石鹸の製造で久原広光、松尾勝義勲等がよくやって居ったが、どうしても良質の石鹸が出来ずアルカリで手が赤くハレ上がったりしていた。(昭和25年工業化学科卒 稲田惣三 創立60周年記念誌より)