有田工業高等学校文芸誌としての「清泉」の名は古く明治37年、校友会機関誌の性格を負って誕生したものと思われるが、その実体は歴史の彼方に霞んで、今や詳細に知る由もない。今日、手元に残されている以下の資料によってその足跡を辿ってみる。
(1)「清泉」昭和11年3月10日発行 校友会誌 (発行兼編集人 玉木 鎮)
(2)文芸誌「清泉」昭和13年7月20日発行より昭和14年12月25日発行までの6巻(発行者 文芸部 岡寿彦)尚、(1)は丸田定市氏(昭18年図案絵画科卒、現在有田町泉山在住)(2)は岸川國義氏(昭14年製陶科卒、現在有田町戸杓在住)の寄贈に依る
(3)文芸部誌「清泉」昭和45年3月より昭和62年2月までの通算13巻
(4)文芸部「詩華集」昭和61年2月発行(発行者 森勝俊、原田雅章)
  今日的な意味におけるといわゆる「文芸誌」のB5版、外注による本格的な装丁、印刷によって面 目を一新した冊子が、井上秀、犬山國博、松尾俊之、原田雅章、森勝俊らの諸氏の監修、発行によって定期的に発行され、卒業生によるメッセージ(俳句、短歌集)全員分が掲載されるようになったのは第44号(昭和48年)からで平成9年度まで発行してある。