「若楠国体」を数年後にひかえた昭和44年に創部、瀧廣正俊教諭(現在伊万里高校勤務)の指導による厳しい練習がはじまった。当時では当たり前とされていた「スパルタ練習」のおかげで、昭和46年にはインターハイバンタム級で前田勝秀氏(機械卒)が準優勝している。
 昭和51年の国体は本校で開催され、この国体には九州から2校しか参加できなかったが、本校は地元代表として参加できた。九州高校総体では毎年他県の強豪校と優勝争いを繰り広げ、インターハイ、国体などの全国大会でも上位 進出者が多数出ている。特に古賀丈士氏(電気卒)はインターハイで、昭和52年(2年時)に52Kg級で第5位 入賞、昭和53年(3年時)には56Kg級で準優勝(10Kg差で優勝した選手は後のオリンピック選手であったという)している。さらにギリシアで開かれたジュニア世界選手権に日本代表として出場するなど輝かしい成績をおさめた。
 その後、平成4年には前田教諭が本校に転勤し指導を行い、平成9年には10年ぶりにインターハイ出場を果 たした。
 現在ウエイトリフティング部は10名の生徒が活動しているが、この中から全国の晴舞台で活躍できる選手が育つことを願っている。